キヤノン・富士に迫った仰天要求・・・契約自由とはいうものの。
3月17日にキヤノンへの売却が決まった東芝の医療子会社・東芝メディカルシステムズ。売却金額は6655億円。価格がつり上がった熾烈な買収合戦の裏で何があったのか。本誌の調べで、東芝が驚くべき要求を行っていたことが分かった。
事態が動いたのは2月末。日を追うごとに財務悪化に歯止めがかからない東芝が、入札参加者に出したリクエストは以下の通り。
(1)買収金額の2割を3月24日までに支払うこと。いかなる理由があっても東芝は返済しなくてよい。
(2)残り8割の金額は3月末までに支払う。仮にクロージング(事業譲渡)ができない結果になっても、うち350億円について東芝は返済しなくてよい。
この要求に対して、「(コニカミノルタと組んだ)英ペルミラや(三井物産と組んだ)米KKRら投資ファンドは、グローバルスタンダードから逸脱している」(関係者)と憤りをあらわにして、実質的には戦線離脱。この時点で、キヤノンと富士フイルムホールディングスの一騎打ちとなった。
両社共に、破格の条件引き上げを行った。最終的には負けてしまったが、「富士は医療子会社の買収と引き換えに、東芝本体への増資引き受けまで提案していた」(入札参加者)という。
多数の企業が群がり、「最初は、誰しもが欲しがる案件だった」(電機メーカー幹部)はずのディールが、次第に東芝本体の救済色を強めていった。東芝が何よりも優先したのは、医療子会社の行く末ではなく、3月末までにカネを手にするというデッドラインだった。
入金優先の技巧スキーム
ここにきて、勝ったキヤノンのスキームが問題視されている。
主要国の競争法ルールでは、当局に株式取得を届け出てから一定期間(日本の場合は30日)を経過するまでは株式を取得してはならない、という規定がある。
キヤノンが独占交渉権を得たのが3月9日。このタイミングで、キヤノンが買収手続きを始めたとしても、到底3月末に間に合うように株式は取得できず、東芝への入金もできない。
そのため、キヤノン陣営は極めてテクニカルなスキームを編み出した。競争法手続きの要らない特定目的会社MSホールディングス(MSH。資本金3万円)を設立し、一時的にこの会社が東芝メディカルを買収したことにして、MSHから東芝へ入金を済ませたのだ。リリースでは、「MSHは独立した第三者」となっているが、その代表者として、御手洗冨士夫・キヤノン会長と近い宮原賢次・住友商事名誉顧問が名前を連ねている。
果たして、第三者的存在と言い切れるのか。法の網をくぐり抜けるようなディールに、「脱法行為との議論が巻き起こるリスクがある」(競争法に詳しい弁護士)。波乱含みのディールになった。